<連載第5回>(『マネジメント倶楽部』1998年6月号より転載)

探 訪
 インターネット活用事例

野口壽一(株式会社キャラバン・代表取締役)

 SOHOという言葉が流行している。Small Office Home Offceの略語だが、パソコンとインターネットを始めとするネットワーク技術の普及によって生まれた新しい時代の業務や事業の在り方を提唱する言葉である。また、前回、金沢の田中昭文堂印刷の探訪事例でパソコンサーバーによるイントラネットとLANの活用を紹介したところ、筆者に小規模事業所でのLAN活用についてもっと詳しく紹介してほしいとの声が届いた。そこで今回は、本題からちょっと寄り道してSOHO、小規模LAN、インターネットをキーワードに小規模事業所でのLANの活用について考えてみたい。

 ネットワークを駆使する大企業 

 例えばこんなストーリーは、いまでは常識に近いのではないだろうか。
 さわやかな朝、社長は、迎えに来たエグゼクティブ・インテリジェント仕様のリムジンに乗り込む。会社への車中、ゆったりした後部座席でパソコンを操作しメールやさまざまなデータを無線インターネット経由で読み、今日の仕事の予定を確認する。会社に着くと、海外や国内に散らばった営業拠点や工場からのレポートをパソコン画面上で見たり、気になる現場はネットワーク経由でカメラを遠隔操作し直接自分の眼でチェックする。10時からはテレビ会議。本社にいながら世界中に配属された経営幹部と打ち合わせをしたり、各地の前線で奮闘する営業責任者や工場責任者らから表情や語り口をつぶさに観察しながら意見を聞き、現状を正確に把握し、指示を出す。
 社員は全員がパソコンを持ち、メールで情報をやり取りしている。外回りの営業やサービススタッフはモバイル機器を携帯し、本社のデータベースと無線LAN経由で直結し、在庫を確認しながら客と交渉したり、その場で見積書を発行したり、技術文書をダウンロードしたりする。社外向けにはインターネットのWWWサーバーが新製品の詳しい情報を24時間途切れなく流し、ユーザーの質問に自動応答している。社内の各部課にはイントラネットサーバーを通じて目標が与えられ、結果が閲覧できるようになっている。来るべき50周年キャンペーンの楽しい催しの告知もある。取引先とはエクストラネットでつながれており、情報のやり取りだけでなく、受発注情報も電子化され、伝票が消えている。

 夢はもはや夢でなく 

 今まで実現できなかった仕事を可能にしたり、作業効率を飛躍的に向上させるこのようなLAN(Local Area Network)やWAN(Wide Area Network)を活用できるのは、これまで、一部の巨大企業だけの特権と思われ、ほとんどの企業にとって「夢」のお話だった。
 しかし、分進秒歩のこの世界では、それは昔の話。やりたいと思えば、上の実例は零細企業でさえ導入可能となった。パソコンとネットワーク機器の低価格化とインターネットの普及は、ネットワークの要となってたくさんの人や企業を動かすSOHOと呼ばれる1人(ないし数人)企業さえ可能とする時代を生み出した。
 最近、NTTは次のような宣伝を大々的に展開している。「NTTのISDNで 私も、起業家 ISDNがチャンスを拡げます」このキャッチフレーズの下の段では、高速デジタル回線であるISDNの特徴を生かして在宅ワーカーをモデムでつなぎ事業を展開する、あるマルチメディア関連企画会社の女性社長が「導入によって作業効率を大きくアップできた」と語る。
 NTTが掲げるこの実例は、今や決して珍しいものでも、誇大広告でもない。
 LANの構築は2台以上のパソコンと1台以上のプリンターをケーブルでつなぐことから始まる。これだけで、従来とまったく異なる環境が出現する。
 まず、フロッピーのやり取りをする必要がなくなる。いままでであれば、AのパソコンからBのパソコンへデータを移動するのに、いちいちフロッピーにコピーして移動しなければならなかった。データがフロッピー1枚に入らない大きさだと悲惨である。圧縮ソフトで圧縮し、それでもだめならファイル分割して、複数枚のフロッピーに格納するしかない。一度LAN経由のデータ交換を経験すると、2度とやりたくない作業だ。プリンタも共有できるのでどのパソコンからも自由にプリントができる。このLANをインターネットで外部と接続すれば先に挙げた実例のすべてを実現する準備が完了したことになる。これまでネックとなっていた回線費用も、ISDNやOCN(NTTが提供する格安のインターネット専用線サービス)などを利用すれば、従来の電話使用料よりも安くなるケースすらある。インターネットの場合がそうであったように、パソコンが2台以上ある事業所ではとにかくそれらをケーブルでつないで最小のLANを体験してみることだ。

 LAN活用事例と効果 

 社内をLANでつなげば、電子メール、インターネットFAX、電子掲示板、スケジュール管理、施設予約システム、稟議システム、社内文書管理システム、電子会議システム、在庫管理システムなどの機能を利用することができる。このLANをインターネットのデータ交換技術を使って社内(地域的に離れていてもよい)向けに構築すればイントラネット、他社を含めて構築すればエクストラネットとなる。
 小規模事業所での現実的なLAN活用を考える場合、重要度から見て第一番が電子メール、次いで電子掲示板、スケジュール管理、施設予約システム、社内文書管理となるのではないだろうか。

 <電子メール> 

 電子メールの最大の特質のひとつは、電話のように交信時に相手を時間的に拘束せず相手からも拘束されないことである。文章だけでなくワープロデータや表計算データも送受信できる。電子メールは外部とだけでなく、社内の連絡用に使えばこれほど便利なものはない。筆者の場合、常時10人ほどが同じ部屋で作業している典型的な小規模事業所だが、スタッフとのデータの受け渡しだけでなく、留守中の電話メッセージもメールで流しあうようにしている。こうすれば、外出から帰ってすぐにパソコンのスイッチを入れれば誰から電話があったか容易に確認できるし、必要なら出先からも確認することができる。スタッフと外部との連絡も徐々に電子メールに切り替えているので電話の回数が減り事務所が静かになった。全員に伝えたいことも昔のように回覧することなく、一挙に送信できるし、1人からの質問に対して全員に答えれば、社員集会を開いているのと同じ効果がある。
 電話ではよく考えないで判断を下す場合があるが、メールであればよく考えてから返事を出せる。やり取りも記録として残すことができる。
 <電子掲示板> 

 電子掲示板のイメージは、どこにでもある掲示板を電子化したものと思えばよい。電子メールは1対1であれ、1対Nであれ、基本的には時間軸の流れの中でやりとりされる情報交換である。それに対して、電子掲示板は、同じ情報を多数に対して一定時間継続して流すところに意味がある。駅の伝言板のように、各人の意見を書き込むこともできるので、多人数での意見交換には最適のシステムである。重要な情報を電子掲示板に真っ先に掲示するようにすれば、社員の関心を引きつけることができ、掲示板に書かれた情報をめぐって会話が弾むようになるだろう。
 <スケジュール管理><施設予約システム> 

 グループウェアと呼ばれるイントラネット・アプリケーションのなかでも大切な機能がこのスケジュール管理や施設予約システムである。グループで仕事をする場合、もっともやっかいなのが各個人のスケジュール管理だ。「いついつ集まろう」というようなシンプルな情報やスケジュール調整であればメールだけでも可能だが、週間・月間、プロジェクト単位のスケジュール管理となると円滑なグループ活動を促進するスケジュール管理機能をネット上に持っているかいないかが、作業効率に大きく影響を与える。小規模事業所では、応接間や会議室の管理のために専門の要員を割くことはできない。たいてい誰かが兼任することになり、「予約した」「しない」と口論になったりする。ソフトを使って予約システムを自動化すれば、人件費を減らしつつ確実な施設管理が実現する。
 <社内文書管理> 

 会社にはワープロや表計算ソフトで作成されたデータやその他の文書データ、画像データなどおびただしい数のデータが日々蓄積されていく。製品資料・会議資料・プレゼン資料なども各人が作成したものに検索・整理のための一定の管理データを付記して管理すれば、個々の資料が全社的に閲覧可能な共有データとなる。毎日増え続けていく社内文書を効率的に管理するためには、この文書管理システムが不可欠である。
 大規模な社内文書管理システムを導入しなくても、物品購入願いや出張報告書などを文書化してネット上で管理すれば、電子承認システムを簡単に構築することもできるようになる。

 ワークスタイルの変革 

  インターネットはそもそもLANやWANをつなぐ、ネットワークのネットワークという意味である。1台のパソコンや通信端末が相互に接続され、その連鎖の輪が地球上に広がったのが今日のインターネットである。このネットワークをインフラストラクチャーとして、今回紹介したようなさまざまなネットワーク・アプリケーションが開発されている。これらの通信・意思疎通手段を使いこなせるか否かが、これからの企業の優劣を決定づける最重要の要素となるだろう。


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