<連載>(『マネジメント倶楽部』2002年2月号より転載)
探 訪
インターネット活用事例

タイトル
野口壽一(株式会社キャラバン・代表取締役)

 恐竜が滅んだのはなぜか?最近は惑星の地球衝突説が有力になりつつある。だが、図体が大きくなりすぎて生存競争に適さなくなったという従来の説にも捨てがたいものがある。は虫類や鳥類に姿を変えて環境に適応し生き延びたのだ、という恐竜進化説にもかなりの信憑性がある。現在、インターネット環境はブロードバンドの登場によって6、7年前の大激動期に匹敵する大きな変動期を迎えつつある。ブロードバンド時代の恐竜はなにか?


 ブロードバンドの特徴
 ブロードバンドには「早い」「安い」「常時接続」の3つの特徴がある。
 「早さ」は、64kbpsのISDNに比べて、ADSLで24倍から125倍、光ファイバーケーブルだと1500倍近くにもなる。だから、静止画を表示させるのももどかしかった現状は、動画をスムーズに配信できる環境へと進化する。
 「安さ」は、プロバイダー各社の競争により加速度的に進化した。ブロードバンドが提供される主要なチャネルは、ADSL(非対称デジタル加入者通信線)、 CATV(ケーブルテレビ)、FTTH(光ファイバー接続)の3つである。そのいずれでも月額数千円という低額サービスが実現されている。
 「常時接続」。実はこれがインターネットのもっとも重要な要素である。常時接続が実現されることにより、情報は断続することなくスムーズに流れる。
 「早く」「安く」「常につながっている」回線が実現したとき世の中はどう変わるか。かつてインターネットが出現したとき、紙媒体が変貌を余儀なくされたように、今度はテレビ放送が変貌を余儀なくされる。時代の流れは、巨大化した高コストのテレビ地上波システムを現代の恐竜にしようとしている。


 地域へのブロードバンドの浸透
 東京都世田谷区は日本でもブロードバンド化がもっとも進んだ地域のひとつである。CATVによるインターネットサービスも数年前から実施されており、ADSLもサービス開始の時期から実施されてきた。今年は株式会社有線ブロードネットワークス(http://www.usen.com/)が本格参入し、ブロードバンドサービスのすべてがしのぎを削る激戦区となった。
 ブロードバンドサービスによる効果のひとつにサービスネットワークの中があたかも有線テレビ放送網のようになることがあげられる。これによって、ケーブルテレビおよび地上波・衛星テレビ放送などと激しく競合する。ビデオレンタル店も大きな影響を受ける。有線ブロードネットワークスは「Gate01」の名前でネットワーク内の加入者にポータルサイトを提供している。これはテレビやビデオの番組表にあたるもので、ここから各種の映像番組を視聴できる。個人の嗜好が多様化し忙しくなっている現在、同一のコンテンツを大量に垂れ流す旧来のメディアに対して、個人の趣向にきめ細かく対応し求められたときに求められた番組を即座に提供できるシステムとでは、どちらに将来性があるか、もはや論ずるまでもないだろう。

USEN.COM


 足下ではもっとすごい変革が
ブロードバンドの恐ろしさはコンテンツ提供方法の革新だけにあるのではない。本当の恐ろしさ、凄さはコンテンツの流れ自体に変革を起こすことである。
 「Gate01」のなかに『おれ最高@世田谷』というユニークな番組がある。これは「誰にでも『おれ最高』と思えることがあるはずです。そして心の奥では、そんな思いをもっと周りに「発信したい」、ほかの人の思いも「受信したい」と思っています。『おれ最高』と思えることは、自分を好きでいられることであり、ほかの人の最高を知ることは、その人を好きになることへの近道だからです。」というコンセプトで、普通の人が誰でも情報発信できるシステムを作り上げた。従来のホームページの場合、HTMLという特殊な言語を勉強したり、なんらかの技術を習得しないと情報発信できなかった。ところがブロードバンドは簡単・安価にビデオ放送を可能にしたので、ビデオカメラの前でしゃべれば、誰でも原稿を書くこともなく簡単に情報発信できるのだ。『おれ最高@世田谷』を作成している世田谷テレビネット(http://www.setagayatv.net/)はほんの数人で運営している新しい時代のブロードバンド放送局である。

おれ最高世田谷

世田谷テレビネット

 世田谷テレビネットは、その設立コンテンツをつぎのように表現している。「世田谷の魅力を『人』を通じて伝える、個人放送局の集合体です。世田谷のコンテンツを世田谷に住む人々、日本および世界中の人々と共に創造し、共有します。」「 世田谷テレビネットは、『世田谷ネット』(http://www.setagaya.net)のテレビ版です。ブロードバンド時代のインターネットサービスの可能性を探ります。地元における双方向映像をデザインし、映像によるコミュニケーション(テレビ電話でなくて)や、個人の情報発信・発表の場を、地域の人たち、日本・世界の人たちと一緒に創造し、共有します。また、地域と人に直結した双方向映像を活用したボトムアップ型メディアの創造を目指します。」


 時代はさらにつぎのステージへ
 ブロードバンドは、個人や小資本によるテレビ放送を可能にした。世田谷テレビネットのような活動がいま全国で"ほうはい"と生まれつつある。このような時代背景を追い風に、いままた新しいムーブメントが始まった。「ミニッツムービー・ムーブメント」(http://www.minutemovie.jp)である。

ミニッツムービー

「映像は観る時代から創る時代へ、映像を我らに」、これがミニッツムービー・ムーブメントのコンセプトである。「誰もが情報発信できる時代がきた。既成のジャンルにとらわれない新しい映像表現のスタイルを生み出していこう」というプロジェクトだ。2001年11月2日には第1回のこころみが、東京渋谷区のQFRONT5階で行われた。QFRONTは、JR渋谷駅前交差点の真正面に巨大なオーロラビジョンを持つ、渋谷の象徴で、ビデオレンタルショップのTSUTAYAやデジタルハリウッドなどが居を構える映像ビジネスの最先端拠点でもある。
 第1回はわずか1、2週間の準備期間にもかかわらず15本のミニッツムービー(テーマを1分間で表現した映像作品)が集まった。トークホストには個人放送局の草分けともいえるKNN(http://www.knn.com/)の神田敏晶氏を迎え、熱いトークとともに参加者全員が作品を熱心に鑑賞した。このムーブメントは、ブロードバンドの波に乗り、これから全国へと広がろうとしている。

KNN

 パソコンがメインフレーム(大型汎用電子計算機)というコンピュータの恐竜を舞台の端っこに追い込んだように、既存のテレビ放送機構も変容を迫られている。ブロードバンドは底知れない影響力をもった技術革新である。

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