「高齢者にパソコンライフを普及させたい」
そう切り出した大川加世子に、世田谷ボランティアセンターの杉本浩一はにっこりとして答えた。
|
野口は自分の会社のパソコンをすんなりと提供してくれた
| 「僕、パソコン1台持っています。大川さんも1台持っている。2台あれば、会できますよ」
企業や自治体のつれない返事に気持ちが落ち込んでいた大川だが、その言葉に救われた。背中をぽんと押されたような気がした。
2、3日後、杉本は高齢者にパソコンと場所を提供してくれそうな人物を大川に引き合わせた。
世田谷区内でネット関連事業を手がける「キャラバン」の社長、野口壽一(54)だ。野口は本業のほかに、ベンチャー起業支援、地域のネットワーク作りなどの活動を続けている。
「パソコンのことを知りたい、インターネットをやりたい、でも機器も場所もないんで、困っているんです」。大川の言葉に、野口はあっさり答えた。「会社が休みの土日なら、ここを使っていいですよ」
「なんて太っ腹な社長さん!」。大川は感激した。何しろパソコンを触ったこともないおばあちゃんたちに、仕事に使っているパソコンを貸してくれるというのだから……。
当の野口は「太っ腹じゃなくて、根が“貧乏人”なんですよ」と笑う。
野口の会社は、インターネットを仕事で使うために専用線を引いていた。どれだけ使っても、逆に使わなくても料金は同じだ。
休日に専用線を利用しないことを、なんだかもったいなく感じていた。おばあちゃんたちが、使ってくれるのなら「資源」を有効に活用できる。
だが、会社のパソコンには仕事用のデータが保存されている。初心者のおばあちゃんがうっかりデータを消したり、機器を壊してしまったら、取り返しがつかない。データをバックアップしておくことや、指導をかねて社員と自分が立ち会うことも必要だ。
その手間も惜しくなかった。資源の有効活用だけではない。老人問題というと、すぐに介護などの話になるが、大川は違った。
「寝たきりになるお年寄りは一部で、元気な老人が多いんです。何歳になっても勉強したいし、パソコンも覚えたい。老人同士が助けあうこともできる」
その言葉に、野口は「このおばあちゃんは、ただ者ではない」と感じた。
パソコンやインターネットが普及し始めたころ、互いに知っていることを教え合うなどの「相互扶助の文化」が米国を中心に生まれていた。大川もそれを実践しようとしている。
ようやく、パソコンと場所のめどが立った。次は会員集めだ。(敬称略)
(2002年11月20日)
|