スイスで生まれたリウォッチ、空缶から生まれたというその「うんちく」が、海外では広く受容されている。
サイト(http://blvd.caravan. co.jp/rewatch/)では、海外で放映されたリウォッチのTVCMが視聴可能。
(画面 は雑誌掲載当時のもの。現在のURLは、http://www.rewatch.net/

 

小林丈太郎という コンセプト
――トップダウンの
発想をしないこと



「あなたがもっている世界で唯一のものは、あなた自身なんですよ。」
 これは、インターネットにおける街づくり系サイトとして、いま各方面 から注目を集める世田谷ネットを運営する小林さんが、商店主を説得して回ったときに使った口説き文句。商店街のサイトを立ち上げるなら、たんにお店を紹介して終わるような従来のやり方ではなく、それより何より、「そこで売りになるのは商店主の個性しかない」と彼には強い確信があったのです。小林丈太郎さん、24歳。彼の(それ自体がまたとてもユニークな)立場を簡単に説明するのは面 倒なので、とりあえずビジネスマンということでいいでしょう。些か大袈裟かもしれませんが、小林さんは街づくりがビジネスになることを証明してみせたのです。
 とある偶然から、小林さんは2年前に「setagaya.net」というドメイン名を引き受けることになります。それまでパソコンの知識もほとんどなかった小林さんですが、ネット社会に対する理解には確固たるものがありました。その時点で、「setagaya.net」は言うならばまったくの更地の状態。常識的に考えれば、まずトップページから構築していこうという発想になるでしょう。「setagaya.net」というドメイン名を軸に、最初にしっかりパッケージをつくるべきだ、と。しかし、小林さんはその逆を行きました。「生活や人のくくりで世田谷ネットをやろう」と考えた小林さんには、大企業がやるような上から下へのトップダウン方式は眼中にありませんでした。
 そう、世田谷ネットは、まず駒沢の喫茶店のホームページを、マスターの顔がみえるかたちで立ち上げるところから始まります。その後、同じく駒沢の商店街にあるお店のサイトが少しずつ増え、やがて「setagaya.net/komazawa/shotengai」というディレクトリが誕生し、それから世田谷の様々な住人が登場するサイト「setagaya.net/komazawa/junin」ができ、そこでようやく世田谷ネット駒沢のトップページ「setagaya.net/komazawa」がつくられることになります。しかしまだ、世田谷ネットそのもののトップページ「setagaya.net」がつくられるまでには、全国的に話題を呼んだ「コンピューターおばあちゃんの会」などのサイトの登場を待たなくてはなりませんでした。スタートしてから1年がかりで、世田谷ネットは昨年ようやくトップページをもつに至ります。ディレクトリのつくられ方をみれば、下から上へ、とういう歩みは一目瞭然。それを草の根的と言ってしまえばそれまでですが、個を前に出すことから始めるのが、ネット社会の定石なのかもしれません。
 商店街のホームページづくりをとおして、小林さんはネットにお店をもちたい、自分で市場を広げたい、と思うようになります。「中小企業の社長さんなんかが、よくぼやくんです。プロモーションにお金をかけて、ちゃんと商品は市場に行き渡っているはずなのに、なんでうまくいかないのかって。たしかに、バブルの延長でマスプロ的なやり方をしてもうまくいくわけがない。いま可能性はネットにある」という小林さんの考えを試す絶好の機会となったのが、リウォッチとの出会いでした。リウォッチとはリサイクルウォッチの略で、空缶 などのリサイクル品からつくられた時計のこと。そのリウォッチを扱う会社の社長さんとはやはりネット上で知り合い、東急ハンズをはじめとした量 販店での販売以外に、ネットでの販売を小林さんが引き受けることに。
「いまの流通経路の中では売れないで埋もれてしまう商品がたくさんあるはず。卸しを経由するにつれ、最大効率が求められるし、つくった人の思いは薄まっていく。たとえばこの時計には、うんちくがあるんです。でも、うんちくは時計売場に置いてあっても目立たない。つまり、うんちくはマスプロでは伝わらない」という割り切りが、逆に「個性の強いものが掘り下げられる、思いが直に伝えられる」というインターネットの最大の特長をフォーカスします。
 今年1月、リウォッチのバーチャルショップ(http://blvd.caravan.co.jp/rewatch/)は、ずばり「小林丈太郎というコンセプト」をもって開店。「ネットワークが広がったその先でビジネスをやろう」と考えた小林さんは、小林さん個人のこの時計に対する思い入れを伝えることから始めることにしました。メールでの個人と個人のやりとりを最優先に考えて、時計やリサイクルに関心のある人たちのコミュニティをつくることを計画。結果 、これが大いに功を奏し、小林さん個人の思いを個別に伝えることが何よりのプロモーション活動となり、リウォッチの販売実績は、このバーチャルショップが現実のどこのお店も抑えて売り上げの第1位 に。顧客とのパーソナルなメールのやり取りなんて企業がもっとも苦手とするところですが、そこにこそリレーションシップマーケティングの可能性が見出せるのかもしれません。
「組織や肩書きによるビジネスのつながりじゃなくて、人と人のつながりでやっていかないと、これからは企業ものこっていけないでしょう」
 もちろんこれまでは、組織や肩書きが、命がけの飛躍を避けるための何よりの処方箋だったわけですが。また、マルクスが生きていた19世紀には、組織にしばられず、人が人として出会い横のつながりを広げていくなんて発想は社会主義的ユートピアでしかなかったはずですが。それが、もしいま、ほんとうに個人が命がけの飛躍に脅えることなく、むしろそれを楽しみながら市場で生きていける時代がやってきたのだとしたら、新しい経済学のバイブルは国家や組織の代わりに「わたし」をキーワードに書かれなければならないのかもしれません。
 最後に「『小林丈太郎というコンセプト』は、商店主のみなさんを始め周りの方々の力添えによって出来上がった」と念を押す小林さん。「わたし」が「つながり」をつくるだけでなく、「つながり」が「わたし」をつくる――小林さんの謙虚な態度には、そんな真理がかくれています。

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